人前飛びの快楽

2014年12月のナチュラル詩吟教室発表会。お着物姿でパチり(ピースの私、実はドキドキ)


最近ドキドキしたのを覚えていますか?


頭に血がのぼって、顔が「かぁーっ」と熱くなったり、何だか胸がぎゅーっとなったり。

 
まあ、そうそうおこるものでもないですよね。


もしかしたら、もう何十年もそんなことない、という方もいるかもしれません。また、毎日がプレゼンでそんなことばっかりだよ、という方。今恋してるから好きな人の前だといつもそんな感じ、なんていう方もいるかもしれません。


私が最近本当に顔が熱くなる程興奮したのは、ちょうど1年くらい前に、『詩吟女子』の原稿を書き上げて、担当編集の方に送ったところ、OKのメールが来たときのことです。


というのも、書きはじめてから2年間、何度となく原稿を送っているのに、ほとんど返事がなかったからです。もしかしたら、もう出版の話はなかったことになっているのではないか、と思うくらいでした。


そのOKメールには、「待っていた甲斐がありました。」と一言。つまり、ずーっと待っていただいたということです。それを読んだ瞬間、涙がじわーっとこみ上げ、顔がかぁーっと熱くなりました。このときばかりは頭に血がのぼって倒れそうでした。しばらく興奮がおさまりませんでした。


***

 
さて、私は発表会で詩吟を吟ずるとき、とんでもなく緊張してしまって、思うようにできなくなってしまった時期がありました。どうしたものかと考えた挙げ句、とにかく発表会以外でも、たくさん場数をこなすというのを徹底してやりました。すると、気がついたら緊張しなくなっていました。


それでもなぜかドキドキしてしまうことはあります。そういうときは、きたきた〜!と楽しむことにしています。


***


ところで、2015年になってみんなで吟じるという「ナチュラル詩吟道場」なるもの始めました。


普段はマンツーマンレッスンが主ですから、詩吟を始めたばかりの人にとっては、そういった人前で吟じる(またはみんなで吟じる)という、フレッシュな体験をしていただきました。しかし、中には緊張してしまって思うようにできなかった!という方もいらっしゃいました。


始めたばかりはできなくて当たり前です。やっていくうちに慣れてきます。あと、学校で習った音楽や歌とは全く別ものであるということです。自転車に乗れるようになるような類いのものです。いつの間にかできるようになっていて、今までとまた別の世界が見えてくる。


また、詩吟には、「人前で吟ずると6倍上達する」という魔法の言葉があります。



そしてさらに、人前で吟ずると楽しいことがあります。



それは、人前で吟ずる「気持ち良さ」です。



大きな声を出すだけでも気持ちいいのに、人前でやるともっと気持ちいい。


 
これを「人前飛びの快楽」と名付けます。



かつて、私が大学に入りたての頃、旦敬介先生という、見るからに変人(尊敬の意を込めて)な先生のプレゼンテーションの授業を受けていました(旦先生は、作家・パウロ・コエーリョや、レスリー・フィードラーの翻訳をしている方です)。


まるでダリみたいな容姿の旦先生が、論理的なプレゼンテーションの話よりも、「人前飛びの快楽」について語っていました。


「人前で話すことがいかに快楽か」という話し。


当時若かった私は、知らないことは何でも吸収したいという思いで、「快楽」という言葉に憧れて、妙に興奮したことをよく覚えています。


しかしながら、講義を聞いていると、私は「人前飛びの快楽」についてはずっと前から知っていることに気付きました。


それは、舞台に立って「詩吟」を吟じているときの感覚でした。


頭が真っ白になったり、身体中が燃え上がったり、思っている以上のパワーが発揮されるような、自分が自分でなくなるような瞬間があります。吟じ終わった後はしばらくぼーっとなる。


それまで言葉にならないものだったのですが、「人前飛び」という快楽の一種だということを知りました。


「人前」というのは不思議なもので、身体が言うこと聞いてくれなくなる。あれだけ、あそこはああしよう、ここはこうしようと考えたことも一切消えて、ただ終った後のスッキリ感、あるいは醒めやらぬ興奮だけが残り、舞台で吟じていた、たった一分半のことを全く覚えていない、という恍惚状態が起こるのです。


***


詩吟の舞台では、詩吟歴何十年というベテランさんも、始めたばかりの初心者も、同じ舞台に立つことができます。一人ずつ順番に、同じ舞台の真ん中に立ち、主役となり、スポットライトを浴びることができるのです。


つまり、詩吟とは、「主役になれる音楽」。


そして、舞台の真ん中で、「人前飛びの快楽」 が味わえる。

 
これも、詩吟の最大の楽しみの一つです。



▶他の詩吟コラムを読む
▶「詩吟女子:センター街の真ん中で名詩を吟ずる」乙津理風著(春秋社) 
▶ナチュラル詩吟教室「無料体験レッスン」のお申し込みはこちら